自動車業界にとって、次の大きなハードルは自動運転車(AV)の普及です。他分野での普及の経緯からどんな教訓が得られるでしょうか?
自動運転車が実現に近づくにつれ、その製品やサービスの開発、マーケティング、新規事業を手がける人たちは、消費者への普及を促す新しい方法を考え出す必要に迫られています。どうすれば新しい客層を引きつけ、新たなコンセプトを浸透させられるのでしょうか。
新しいものに対する受容の心理学
新しいものを受容してもらうには大変な努力が必要です。一般に人間は、新しいアイデアや革新に抵抗感を持ちます。新製品について学ぶことには労力が必要で、使い方がわからなければ恥ずかしいのではと恐れています。このため、取っ付きにくいものが出てくると、知っているものに固執しようとします。
消費者を新しいものに挑戦させるには、すでになじんでいるものに関連付けるという方法があります。企業はその際ブランドメッセージを活用します。1990年代後半にTiVOが最初のデジタルビデオレコーダー(DVR)を発売したとき、同社の宣伝文句は「放送中のテレビ番組を一時停止」でした。オンデマンドコンテンツが普及した今、テレビ番組を一時停止するなどそれほど意味のあることではありませんが、当時は斬新なアイデアだっただけでなく、人々にDVRを使ってみようと思わせる身近な用例でした。
自動運転市場で大きな革新が生じている現在、各企業の課題は、消費者への普及を促進する新しい価値を提案することです。ドライバーの要らない車を発表するだけでは十分でなく、消費者がドライバー不要の車を試してみたいと思う、強い理由が必要になるのです。
新しい使い方に“承認”を与える
新しい製品や技術を知った人の多くは、それを実際に試す際に社会的な許可が欲しいと感じます。特に、罪悪感を覚えるようなことや、自動運転車のように危険な感じがするものに対してはそうです。人間は、新しい製品やサービスが安全で、自分と同じような人たちに受け入れられているかを気にします。自動運転車についても、その技術が安全で、購入、所有、利用が許容されているか確認したいのです。すでに世論はドライバー不要の車に乗るというアイデアに前向きですが、全体的な認識はまだ固まっていません。なぜなら、大半の人がそのような車に実際に触れた体験を持っていないからです。
「新たな常識」の定義
自動運転車のもうひとつの課題は、社会通念がまだ確立されていないことです。自動運転車の場合、ドライバー不要の車に乗るのも、自分で運転したり、LyftやUberで手配した車に乗ったりするのも、同じように思えるかもしれません。しかし例えば、完全な自動運転車で子どもだけを幼稚園に送り届けてもよいものでしょうか? 中学生はどうでしょうか? 大切な人を空港に出迎えるのに自動運転車を手配するのは失礼でしょうか?
このような新しい状況のすべてについて、消費者は助言や指針を求めます。つまり自動運転車のメーカーと販売者には、顧客に対して新しい習慣を提案するチャンスがあるということです。ダイヤモンド業界が年収の15%を婚約指輪に充てるという習慣を広めたのと同様、自動車業界は自動運転車を普及させるために新しい習慣を市場に広めるのかもしれません。
新しい顧客体験や作り出したい習慣を慎重に検討すれば、自動車業界は、自動運転車の普及を促進し、多くの人が新しいテクノロジーに対して抱く危惧を軽減することができます。活動の中心は、対象となる消費者の体験をデザインすることになるでしょう。現在、社会通念とされている範囲から外れる体験もあるかもしれません。
移動について私たちが当然だと思っている概念を覆すことにより、自動運転車の新しい価値や可能性が開けることでしょう。自動運転車のメーカーの在りようも変わっていくかもしれません。例えば、「心地良い移動」をコンセプトに、ホテルやレストランがブランドをPRするシャトルサービス、あるいはオフィスや住宅を扱う企業が入居者向けの特典といった活用が考えられます。この場合、自動運転車を「どの企業が作ったか」ではなく、「どの企業が誰のために提供しているのか」が重要になります。
普及への障壁が低くなって初めて、業界は最大限の力を発揮するチャンスをつかむのです。